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静学ブログ

2013年10月10日
【Vol.10】新!静学からの挑戦状(解答例)
 「人の命は地球より重い」あるいは「人の命はその人がどの様な人間であれ平等に尊いものである」との二つの言葉を通して、「私たち自身、そして世界中のどの人の命も同じように尊く重いものである」ということを小学生の皆さんにも考えてほしかったので、ずいぶん迷いましたがあえて出題しました。とてもうれしかったのは、ゲームの中では「死」を多く見ているのではないかと思いますが、身近な家族や友人の「死を看取る」という経験がほとんどない小学生諸君が本当に真剣にこの問題を考えてくれたことです。この問題に正解はありません。いや、誰の解答も正解でありまた不完全です。しかし、皆さんの成長と共に皆さん自身の考えも変わっていくでしょう。考え続けることが大切です。
 さて、私の考えを皆さんにお話ししなければなりません。「人の命は地球より重い」という言い方はもちろん比喩(ひゆ)的表現です。人の命と地球と比べられるわけがありません。それほど重く尊い命だということです。一人ひとりの命は、誰の命とも変えることのできない一度だけ与えられる貴方だけの命です。だから自分の命を自由勝手に生きていいということはありません。逆です。だからこそ一人ひとり、自分の命の大切さ、尊さに畏敬(いけい)の気持ちを持って、命を最後まで精いっぱい生きるべきではないでしょうか。そして同じように大切な世界中のすべての命が尊ばれることを願うべきです。
 「平等に尊いかどうか」については色々と迷ったようですね。私が出した4組のペア、対比しやすいように一つの価値観で見ればすぐにどちらを助けなければいけないか分かるようにして考えてもらいました。しかし私の予想に反して(良い意味で)、4組のペアのどちらかを選ぶということについても色々な意見がありました。あっさり、オバマ大統領、赤ちゃん、善良な市民、社長を選ぶだろうと思っていましたが、逆の人を選んだ諸君も少なからずいました。
 一見正当だなと思われる意見は、「生まれたばかりの人間の命はみな平等である。しかし、その後その人がどの様に生きるか、どれだけ社会に貢献するかによって重さは変わる。」という意見です。確かにそのように活躍し多くの人の幸せのために貢献した人は社会から高く評価されるでしょう。大切にされるでしょう。でもそれは「命」の「尊さ重さ」の「軽重」ではなく「生き方への評価」です。
 「平等ではない」という意見の中で説得力があるなと思わされたのは、「人は自分で生まれる国、家庭、時代を選べない。大砲の弾が飛び交う国に生まれる人もいれば、飢餓状態が長く続く地域に生まれる人もある。裕福な家庭に生まれる人もあれば、親も知らないで施設で育つ子もいる。また、障害を持って生まれる人もいる。これはどの人の命も平等だということに反するのではないか。」そうですね。確かにこんなに不条理な事はありません。差別だ。誰が差別をしているのですか。人は生まれた時からそれぞれ良いことも悪いことも背負って生きていかなければなりません。生まれながらに不条理と思える重い荷を背負って生きなければならない命があります。しかし、生まれてくる状況がそんなに違っていても、一人ひとり「誰の命も平等に尊い」ことには変わりありません。「人の命が誰でも平等に尊い」ということは、人間の力を超えた「世界の真理」ではないでしょうか。
 確かに不条理と思われる現実があります。でも私達はそのような不条理の中をけなげに生きている尊い一人ひとりの命が、私達と同じように笑顔で幸せに生きることができるように「自分がどのように貢献できるか」「共生」についてまじめに考え、「できない」のではなく、「どんなに小さなことでもできることを探して実行する」、そして自分の力を鍛えてその「できること」を大きくしていけるといいなと思います。そして、もし「あなたが今その不条理な状況の中を生きているなら」負けないでその命を大切に生きてほしい。必ず理解して応援してくれる人がいます。自分の命の尊さと重さを、それでも信じて生きて行って欲しい。
2013年09月24日
「新!静学からの挑戦状」次回更新について
 9月30日の「新!静学からの挑戦状」は、石田校長がシンガポールへの修学旅行に引率するため、更新はお休みさせていただきます。

 問題を楽しみにしていただいた皆さんには申し訳ありませっmが、次回の出題は10月10日(木)になります。

 送っていただいた解答への返信は順次お送りいたします。
2013年09月20日
【Vol.10】新!静学からの挑戦状
 今回の課題は少し重い話題になります。でも皆さんが精神的に成長していくためには、真剣に考えなくてはならない、避けて通ることの出来ない問題です。それは「命」という問題です。人間を始め全ての生物の命について僕たちは真剣に考えるべきです。しかし、範囲を人間以外の他の動物や植物の命まで考えるととても複雑な問題になりそうなので、今回考えていただくのは「人間の命について」としました。

 「人の命は地球より重い」とよく言われます。またこうも言われます。「人の命はその人がどの様な人間であれ平等に尊いものである」と。そこで皆さんに一つ質問をすることにします。ここに二人の死の危険にさらされている人間がいるとします。しかし、どちらか一人しか助けることが出来ません。「オバマ大統領と石田校長(私)」、「90才を超えたご高齢の方とまだ1才にもならない赤ちゃん」、「罪を犯して服役している人と善良な社会人」、「年商千億を稼ぐ会社の社長と路上生活者」さあ、あなたならどちらの一人を助けますか。

 このことを考えながら、「それでもどの様な人間でも人間の命は平等で尊いものだ」と言えるのかどうか、あなたの考えるところを600字以内で書きなさい。


下記の方法でお送りください。※氏名、住所、電話番号も記載してください。

①FAX(054-200-0195)

②メール(info@shizugaku.ed.jp

③郵送(〒420-0833 静岡市葵区東鷹匠町25 静岡学園中学校・高等学校)
2013年09月20日
【Vol.9】新!静学からの挑戦状(解答)

(最大になるもの)
Q9-1


(最小になるもの)
Q9-2

 答えはこれだけです。でも、最大のもの、最小のものをどのように作っていくかが問題ですね。たぶん皆さんも同じように考えたと思います。最大のものをどのように考えて作っていくか示します。

Q9-3
まず、それぞれの領域に入る数を左図のようにa1、a2、a3、・・・a13(1~13のどれかです)とします。

1つの円の中の数の和が最大になるということは、当然その4つの円の中の全体の数の和(Sとする)が最大になるということです。






ここが肝心。

S=4a1+3(a2+a3+a4+a5)+2(a6+a7+a8+a9)+a10+a11+a12+a13になることがわかりますか。

そこで、Sを最大にすることを考えればよいのです。

すなわち、※a1=13、(a2、a3、a4、a5)は次に大きい数12、11、10、9のどれか、そして(a6、a7、a8、a9)は、次に大きい数8、7、6、5のどれか、そして最後に4、3、2、1を入れればよいのです。

ただし、4つの和がすべて等しくならなくてはいけません。だから、4つの円の中の数の和が等しく「※」を満たしているものをさがせばよいのです。

最小の場合は、逆に小さくなるように考えればよいのです。

2013年09月10日
【Vol.9】新!静学からの挑戦状
 図のように、4つの円が同じように重なった図がある。Q9r

 4つの円によって、13個の領域(例えば///)があることが分かる。

 さて、この13個の領域に1~13までの数を1つずつ入れていって、1つの円の中にある7つの数の和が4つの円とも同じになるようにしなさい。

 この時、1つの円の和が最大になるものと、最小になるものを示しなさい。
2013年09月10日
【Vol.8】新!静学からの挑戦状(解答)
 自分が「幸せ」かどうか、どの様な状態が「幸せな状態」なのか、個々の価値観や考え方によって異なるでしょう。

 リンゴをたくさん食べた後では、リンゴの価値観は下がるでしょう。他の物をほしいと思います。無いものを人はほしがります。しかし、どんな人でも等しく願うことはあるはずです。それは「自由と平等」という人もあるかもしれませんが、その前提は「平和な世の中であること」です。平和な世の中でなければ、「自由と平等」は保障されないでしょう。

 では「平和」とはどの様な状態をいうのでしょうか。三省堂の「新明解国語辞典」には、「①心配・もめごとなどが無く、なごやかな状態」、「②戦争や災害などが無く、不安を感じないで生活出来る状態」とあります。「平和対戦争」ととらえがちですが、もっと狭い単位での「平和」が基本となるでしょう。

 私は、平和とは「互いが理解し合い受け入れ信頼し合い争いがなく生活上の心配もなく夢を持って生きることの出来る状態」をいうのだと思います。具体的に戦争(武力行使)がなくても、交流もなく互いに理解し合いたいという思いも無く、自己主張ばかり繰り返し、自己が絶対だと考えるようでは両者の間に平和は存在すると言えません。

 学校のクラスにおいても、家庭においても、個人と個人の間柄においても同じです。そして一番大切なことは、自分が進んで平和をつないでいく人、平和を作る人になっていこうという強い思いです。

 みなさん、平和を作り出す人になってくださいね。
2013年08月30日
【Vol.8】新!静学からの挑戦状
 私は、毎年8月を「平和について考える月」として送っています。8月15日は敗戦記念日、8月6日・9日はそれぞれ広島、長崎に原子爆弾が投下された日です。先日の記事では米国による日本への原爆投下を英国が認めていたということが報道されていました。また60年以上を経た現在でも原爆の放射線を浴びた影響による新たな病気が見つかっています。

 さて、毎年8月6日の広島平和公園で開かれる平和記念式典では、小学校6年生の男女児童による「平和の誓い」が宣言されます。首相の挨拶より未来を背負う少年少女の純粋で心のこもった自分の言葉による誓いの言葉が国民の胸を打ちます。戦争の悲劇は断ち切れないものなのでしょうか。人間は文明の発展によって人間という種の素晴らしさと愚かさを示しているようにも思います。

 さて、皆さんは「平和」ということについてどのようなことを考えていますか。あなたが考えていることを600字以内にまとめて述べて下さい。


下記の方法でお送りください。※氏名、住所、電話番号も記載してください。

①FAX(054-200-0195)

②メール(info@shizugaku.ed.jp

③郵送(〒420-0833 静岡市葵区東鷹匠町25 静岡学園中学校・高等学校)
2013年08月20日
【Vol.7】新!静学からの挑戦状(解答)
【問題1】
例題の解答を読んで、自分でよく考え理解し納得しましたか。

“おもしろいな!”と思った人は必ず「数学的思考力」は伸びますよ。

さて、【問題1】には【ヒント】を与えておきました。例題とは少し違うからです。

Q7-8のピースは、小さな正方形が4個、問題の正方形は10×10=100個の小さな正方形からできていますから、ピースを25個使うことになりますね。

最初に大切なことは、Q7-9 と Q7-10 の数が同じだということに気づいてください。だってもしこれら2種類のピースが同じ数でなかったら、■の数と□の数は同じになりませんね。

だから、もしQ7-8のピースで大きな正方形が作られたとしたら、Q7-9 と Q7-10 のピースは同じ数になるはずです。

さあ、最初に戻りましょう。Q7-9 と Q7-10 のピースは、合わせて25個ですね。

ということは、Q7-9 と Q7-10 のピースはそれぞれ25÷2=12.5個ずつということになりますね。そんなことあり得ますか。ピースの数は整数ですね。だから、そんなことあり得ません。従って、【問題1】の答えは“不可能”ということになります。


では、次に【問題2】を考えてみましょう。【ヒント】は、わざと与えませんでした。

問題を解く、考え方は当然【例題】と【問題1】の解答の延長上にあります。それらの解法を組み合わせて解きます。では解答例を紹介しましょう。


【解答例】
さて90c㎡の長方形ですから、90個の1c㎡の正方形が90個、従って6c㎡のピースは15個使うことになりますね。でもここからがなかなか難しいのです。市松模様の考え方を利用します。

Q7A1は Q7A2 と Q7A3 の2つのタイプが考えられます。

またQ7A4 も Q7A5 と Q7A6 の2つのタイプがあることに気づきますね。

これからが難しいのです。なぜこんな考え方をするのか。では、この見事な解き方を紹介しましょう。

Q7A2 と Q7A5 は両方とも■が4個、□が2個ということで、このタイプを①とします。

Q7A3 と Q7A6 は両方とも■が2個、□が4個ということで、このタイプを②とします。


①のタイプが合わせてx個、②のタイプが合わせてy個とすると、

90÷6=15ですから、

x + y = 15 という式が成り立ちます。


次に、■の数と□の数を考えましょう。

■の数=□の数=45ですから、
(90c㎡のどんな長方形であってもこうなることを確認してください。)

4x + 2y = 2x + 4y = 45 ですね。

これから、x = y = 7.5 となります。

【問題1】と同じですね。わかりますか。

x も y も整数ですからこのようなことはあり得ません。従って不可能だということになります。

※難しいですね。でもこれが理解できることが第一、まずはそれで十分。このような考え方で問題を解くことができるんだということに驚いてほしいと思います。

※x と y の方程式を使ってしまいましたが、x を △、 y を□とおいてもかまいません。その考え方は同じです。

2013年08月10日
【Vol.7】新!静学からの挑戦状
 数楽博士(校長)も少し夏バテ気味です。そこで、次回8月20日(火)については、1回夏休みをいただきたいと思います。よろしくね。

 それで、今回の【Vol.7】は、またまた超難しい(?)問題を皆さんに考えてほしいと思います。

 例題が1つ、それを参考に、2つの問題を解いてもらいます。

【例題】

図1
Q7-1
 図1のような模様を市松模様といいます。








図2
Q7-2
 さて、図2は6×6の小さな正方形から、右上・左下の正方形を1つずつ取った小さな正方形34個からなる図形です。

 この図形を連続する2つの小さな正方形のピースQ7-6でうめつくすことができますか。




(解答)
図2のように市松模様を描きます。Q7-6のピースは、必ずどちらか1個が「黒」Q7-7になっていますね。

さて、34の正方形がありますから、Q7-6のピース(もちろんQ7-6aもあります)は17個必要です。そうすると、図2には■17個、□が17個あるはずです。

 ■は18個、□は16個、おかしいですね。ということで、Q7-6でうめつくすことはできません。


【問題1】
Q7-3
 10×10のマス目を下のT字型のピースでつめつくすことができるかという問題です。

 Q7-8T字型のピースはもちろんどんな向きで使ってもかまいません。

 結論はできません。なぜできないかを説明してください。



【ヒント】

Q7-8Q7-9Q7-10 の2つのタイプがありますね。



【問題2】
Q7-5

 図のように、5個の正方形からなる2種類のチップがあります。

 これらを使って、面積90c㎡の長方形(あるいは正方形)を作ることができますか。

 できるのであれば、作ってください。できない場合は、なぜできないか説明してください。

【ヒント】
なし。厳しいなぁ。


PS.これから、出張とお休みをいただく関係で、【Vol.6】と【Vol.7】の挑戦へのお返事が遅くなってしまいます。でも必ずお返事を届けますので、少し待っていてください。

2013年08月10日
【Vol.6】新!静学からの挑戦状(解答)
 私は、個人的には「見えていないようで見えている人」という人がかっこいいなと思っています。でもやはり実態は「見えていないようでやっぱり見えていない人」だなと思います。

 文珍師匠がこの講義の中でどのような意味で「見える」という言葉を使ったのか。

 障害や目の病気がなければ、私達は視力があり、物や風景を見ることができます。その姿形が網膜に映り脳が認識をすることができます。

 皆さん「心ここにあらず」という状態は分かりますね。そんな時、見えているはずなのになにも記憶にないという思いをしたことはありませんか。この人はその時見えていなかったということになりますね。でも、文珍師匠が「見える」「見えない」と言っているのは視力のことではないということは分かりますよね。

 「分かっている」、「理解している」、「知っている」、「気づいている」というような広い意味で使われたのだと思います。授業中、先生の説明の一つ一つをうなづきながら聞いている生徒がいます。教師は「ああこの生徒は理解できているんだな」と思っていると全く理解できていなかったということはよくあります。逆の思いも生徒諸君にはあるでしょう。先生は僕の苦しみを分かってくれていると信じていたのに何も分かっていなかったと思うことも。

 最後に、中途失明をした青年の話を紹介します。「目が見えなくなったことで見えるようになったことがあります。本気で言っているのか違うか。信頼できる人間かそうでないか。本当に優しい人かうわべだけの人か。本物か偽物か等いろいろあります。」と。

 皆さん、「見える人」になるにはどうしたらよいのでしょう。一つは「謙虚さ」を忘れないことです。一つは「関心」を持つことです。
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